SNSで、SNSに投稿するのが怖いとき、自分の見方だけで決めないために|無為|やりすぎず、自然に立ち上がる

SNSで、SNSに投稿するのが怖いとき、自分の見方だけで決めないために|無為|やりすぎず、自然に立ち上がる

たとえば、SNSで、役立つと思う内容でも、誤解や反論を想像して下書きのまま止まることがあります。
全員に安全な言葉と、届けたい相手に明確な言葉は同じではありません。
感情を否定せず、感情の強さと現実条件を同じものとして扱わないようにします。

ここで先に変えるのは相手ではありません。
自分が『こういうことだ』と決めた読みを、一度だけ仮説へ戻します。

目次

『きっとこうだ』をいったん仮説にする

見方を変えても、相手や起きた事実そのものは変わらないのでは?
でも、その通りです。
見方を変えても、相手の意思や過去の出来事は操作できません。
変えられるのは、自分が次に何を見るか、どう関わるかです。
未来人の視座は、現在を否定する道具ではありません。
都合の悪い情報を消さず、現実を材料にしたまま判断基準だけを動かします。

たとえば、自分には拒絶に見える反応でも、相手側には迷い、忙しさ、別の優先順位があるかもしれません。
もちろん、都合よく解釈するためではありません。
『自分の読み以外にも説明がある』と置くだけで、次に確かめる事実が増えます。
純粋な興味は、相手を攻略する技法ではなく、まだ知らないものを残す姿勢です。

無為|やりすぎず、自然に立ち上がる。
やりすぎて固めるのではなく、必要なことをしたあと手放します。
何もしないのではなく、育てたものが自然に立ち上がる余白を残します。

相手と場からもう一度読む

SNS。
自分の考えを公開する直前。
SNSでは、否定的な反応だけを先に想像する。
同じ場面を、相手・場〈全体〉から見ると何が増えるかを探します。

ここで、メディア心理学を一つだけ使う。
情報の提示のされ方や接触の仕方が、注意、感情、判断とどう関わるかを扱う研究領域です。
情報が多いときほど、内容だけでなく、何度見たか、誰が言ったか、どんな感情で見たかも分けて考える余地があります。

相手の気持ちは、こちらから確定できません。
だから、推測を増やすより、確認できる事実と次の関わり方へ戻します。
視座を上げるとは、正解を当てることではなく、自分の位置だけで世界を閉じないことです。

次の関わり方を小さく変える

現実へ戻す一手。
SNSで、感情を消そうとせず、身体の反応と確認できる事実を一つずつ分ける。
そのあと、「感情の強さと、現実の条件を別々に見られたか」を観測します。
結果だけでなく、次の判断材料が増えたかまで見ます。

ゼロから覚える必要はない。
今回の土台になるのは、届けたい相手を具体化し、必要な範囲で表現を整えるという、すでにある力です。
うまく使えた場面を一つ思い出し、条件だけを今回へ移します。

最後は、自分で決める。
「感情の強さと、現実の条件を別々に見られたか」まで見たら、採用するかを自分で決めます。
借りた方法を正解にせず、自分の現実で使える判断へ直します。
相手を決めつけず、次の現実で読み直せる余地を残す。

このテーマを別の角度から読む。
SNSに投稿するのが怖いとき、自分の見方だけで決めないために
SNSを見ると人と比べて疲れるのはなぜ?
SNSの反応数が気になるとき、気合いでなく自然に動ける状態を育てる

  

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公式note|現実を動かす技術

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この記事を書いた人

きしゃこく先生のアバター きしゃこく先生 報道記者出身の国語教師

報道記者として、東日本大震災の現地取材をはじめ、災害・危機管理や科学技術を取材してきました。現在は国語教師として、取材と教育で培った「読む・問い直す・書き換える」を軸に、大人が自分の現実を動かすための技術を研究・発信しています。

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